■「ボランティア通信」Vol.30
当館で活動するボランティアによるおすすめ展示などについてのエッセイです。
ローズ・フェスティバルと野菜山車
ボランティア 松田 潤治郎


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海外移住資料館入口正面には、野菜の山車(Vegetable float)が展示されています。この野菜山車は1920(大正9)年アメリカ・オレゴン州ポートランド市で催された、ローズ・フェスティバルに参加したもののレプリカです。
同市近郊の日本人農家が、自分たちが生産していた蔬菜類や果実などを飾り付けたもので、産業B部門(動力車で牽引)で一等になったといわれています。
当時の映像や写真資料と現地取材をもとに再現したものです。
ポートランドにおけるローズ・フェスティバルは、1905(明治38)年に第一回が開催され、日本人による山車も参加していたようです。もともとバラの都といわれるほどバラ栽培が盛んで、毎年6月10日ごろに開催されてきています。それらの生産物を本物そっくりに美しく飾り付けられた山車ですが、山車から少し離れて見上げると、屋根がアメリカ合衆国の国旗になっているのが分かります。48個のポテトが星に代わって、当時の州の数をあらわしています。
展示案内で、ときどき「それでは現在の州の数は」とか、屋根の両面について「こちらがアメリカの星条旗なら、反対側の屋根は何を表したものになっていたと思いますか」など、お客さまに話しかけてコミュニケーションをとるきっかけにすることもあります。
もちろん1959年に49番目にアラスカ、ハワイが50番目の州になり50州で、現在の星条旗の星は50個が並んでいます。反対側の屋根については、後ろ側に行かないと見えないのに、皆さんが日本の旗、日の丸、日章旗と答えられます。確証はないのですが、たぶん日米友好を表していたのではないかと、ここでは日の丸になっています。おもしろいことに、これまで一人として、これと違った答えをされた方がありません。
ただ、当時のアメリカでは排日感情が激しく、偏見や嫌がらせなど日系人には非常なアゲンストな時代であったことを、文献や資料で知ることができます。その後日本人は帰化不能外国人とされ、4年後の1924(大正13年)には排日移民法が制定されました。太平洋戦争後の国交回復まで、新たな日本移民の渡航は絶たれたのです。
そんな状況の中でイチゴやポテトとともに多くの蔬菜類が、日本人農家によって生産され、その品質も高く評価されていました。限られた地域社会とはいえ、これだけの食糧供給をしていることを野菜山車で示したことは、相当インパクトがあったことも事実でしょう。
アメリカやブラジルなど多くの移住先国で、日本人移住者が農業分野で貢献してきたことは、それぞれの国や地域社会で高く評価され信頼を得ています。このようなメッセージを伝える意味で、この野菜山車は海外移住資料館の象徴展示にもなっているのでしょう。

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